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盛岡地方裁判所 昭和33年(ワ)205号 判決

原告 国

訴訟代理人 滝田薫 外二名

被告 大栄建設株式会社

主文

被告は原告に対し金二二五、二〇八円五〇銭及びこれに対する昭和三一年六月二〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は全部被告の負担とする。

事実

原告指定代理人らは、被告は原告に対し金二九三、五九〇円及びこれに対する昭和三一年六月二〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、

請求原因として、次のとおり述べた。

一、被告は土木建築の請負等を業とする会社である。

二、被告は昭和三〇年九月頃訴外日本鉱業株式会社から岩手県二戸郡安代町大字田山所在の右訴外会社花輪鉱業所内に新設するシックナータンクの築造工事を請負い、その頃から、労務者多数を使用して右工事に着手し、先ず右鉱業所内のズリ山(鉱滓捨場)南端の右タンク敷地で床堀り(地下掘さく)作業を開始した。

右作業開始後間もない同月二四日、被告会社使用の労務者の一人今泉喜四郎は同会社の現場監督磯貝義正指示のもとに、右作業現場に、前記ズリ山を基点とする工事資材等運搬用の索道を架設するため、同現場北端からこれに続くズリ山南斜面を山頂に向い、解かれたワイヤーロープの一端を手に握り、これを地面に引ずりながら登つて行つた。

右のズリ山は高さ二〇米程度の小丘に過ぎないが、その南斜面は、概ね三〇度の勾配をもつ急坂で、草木なく、いつたいに堆積する荒い鉱石の残滓に覆われており、それらの鉱滓にまじつてその表面いたるところに、古坑木などの木片や石塊がころがつているという状況であつた。

このような斜面を、右今泉は前記のような方法でワイヤーロープを引上げて行くうちに、右ロープの後方部分がたまたま前記斜面の、直径一五糎長さ六一糎くらいの古坑木に触れたため、右坑木はそのまま該斜面を落下してゆき、その下方の地上約七米のところで作業中の訴外三信建設株式会社小坂出張所の労務者木村嘉宏に当り、その腰部を強打し、因つて同人に全治七ケ月を要する腰椎々間板ヘルニヤ、外傷性脊髄膜炎の傷害を与えた。

三、前記木村はシックナータンク築造工事に先立つて右現場で行われていた訴外三信建設工業株式会社施工の右タンク敷地造成工事に従事してきたもので、右事故当時は、他の多数の同会社労務者と共に、完成間近い同敷地の北端付近で、削りとられたズリ山裾の法面仕上げに従つていたものである。

四、右事故の原因は全く今泉の過失に因るものである。すなわち、前記のような多数の木片などが不安定な転落し易い状態で散在している傾斜地は、ここへワイヤーロープを引きずつて登れば、その途中でロープが右の木片などに触れてこれを落下させる可能性のあることは何人にも容易に予見され得るところであるから、このような場所で、その下方に現に作業中の労務者がある際に前記の作業を行おうとする者は、下方の労務者らに右落下物に因る危害の生ずることを避け得るよう、同人らにあらかじめ危険を警告して一時他に退避させるか、さもなければ、右斜面登はんに当つて、ロープと右木片等との接触を来す虞れのないような登路を選ぶなど、危害の発生を防止するに足る適切な措置を講ずる義務があつたのである。

してみると、今泉は右義務を怠つたため、前記事故を惹起するに至つたものというべきである。

五、よつて、今泉は、右不法行為により木村に与えた損害を賠償する義務があり、したがつて、今泉の使用者である被告会社もまた、今泉と共に、同人が被告会社の事業の執行について与えた前記損害を賠償する義務を免かれ得ない。

六、木村が右事故に因り蒙つた損害は次のとおりである。

1  物質的損害

イ  治療費

木村は右傷害後直ちに前記花輪鉱業所内の診療所でいちおうの手当を受けたのち、同年一〇月三日大館市所在の秋田労災病院に入院、翌三月三日までここで治療を受けたうえ、さらに、翌四日から同年四月三〇日まで、同病院に通いながら医療を続けた。この間に要した入院費を含む治療費は通じて合計一一八、九二二円であつた。

ロ  休業による損害

木村は右期間中負傷のため、全く就労できなかつたが、当時、同人は三信建設工業株式会社に労務者として雇われ、平均賃金一日四二八円二五銭を得ていた者であるから、昭和三〇年九月二五日から昭和三一年四月三〇日までの右休業期間二一八日間に喪失した得べかりし賃金収収は九三、七八七円であつた。

ハ  労働能力減少に因る損害

以上のような医療により、木村の負傷はいちおう治つたけれども、右負傷の結果生じた脊椎の運動傷害はついに回復せず、今後もその見込はない。こうして同人は今後久しく右運動傷害に伴う脊椎痛に苦しめられることが必至となつたばかりでなく、加えて、土工としての従前の労働能力の大半をも失うに至り、物心両面にわたる損害は深刻なものがある。今、その物質的損害のみをあげても、労働者災害補償保険法施行規則別表第一及び労働省通牒により、前記運動障害に基因する同人の労働能力喪失の割合を求めれば、百分の四五と認められるから、これを基準として、右事故当時における同人の平均賃金四二八円二五銭により、右事故当時二四年だつた木村が今後同一年令の者の平均寿命年数四二、八三年だけ生存したとして、その間に右労働能力減少に因り失うであろう労働賃金額をホフマン式計算法により推算すると、九五八、九八九円となる。すなわち、木村が労働能力減少に因り蒙つた損害である。

よつて、木村は以上の損害合計一、一七一、六九八円につき、今泉及び被告会社に対する右同額の損害賠償請求権を有する。

2  慰藉料

ハ記載の事実から明らかなように、木村は右の物質的損害のほかに、今後、前記負傷に基因して生ずる少なからぬ精神的苦脳を忍ばねばならない。故に同人は以上の精神的損害についても、前同様今泉及び被告会社に対し、相当額の慰藉料請求権を有する。そして木村は、前記のような不治の障害により、今後数十年にわたる脊椎痛と年々の健康低下を避け難いこと、前記労働能力の喪失は肉体を唯一の資本として労働により生計を維持する外はない木村にとり生活上致命的な打撃であつたことなどを考慮すれば、右慰藉料額は三〇万円をもつて相当とする。

なお、木村は前記事故後には右慰藉料請求権を行使する意思を有していたものである。

七、ところで右三信建設工業株式会社(小坂出張所)は労働者災害補償保険法(以下単に労災法という)による同保険加入事業場であつたため、原告国は、木村に対し、右事故による保険給付として、所轄二戸労働基準監督署長を通じ、昭和三一年六月二〇日までの間に、療養補償費として一一八、九二二円、障害補償費として一三四、八九九円、休業補償費として三九、七六九円、以上合計二九三、五九〇円を支払つた。これにより、原告国は、労災法第二〇条第一項にもとづき、木村が被告会社に対して有する前記損害賠償請求権中、右保険給付相当額二九三、五九〇円の請求権を取得した。

よつて、被告会社に対し右二九三、五九〇円及び原告の最終保険給付の日である昭和三一年六月二〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求める。

以上のとおり述べた。

被告は本件各口頭弁論期日に出頭せず、答弁書を提出したので、これを陳述したものとみなした。これによれば、被告は請求棄却の判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。

原告主張事実中、その主張の頃、訴外日本鉱業株式会社から、土木建築の請負を業とする被告会社においては原告主張のようなシックナータンク築造工事を、訴外三信建設工業株式会社においてはその敷地造成工事を各請負い、原告主張のズリ山下の場所でそれぞれ右工事を施行したこと、被告会社の工事中、訴外三信建設工業株式会社使用の労務者木村嘉宏が右ズリ山から落下した坑木に打たれて負傷したこと、前記ズリ山の高度、その南斜面の状況が原告主張のとおりであることはいずれも認める。訴外今泉が原告主張のような作業に従事したこと、前記木村が右負傷に因り原告主張のような損害を蒙り、右損害に対し原告国から木村に労働者災害補償保険法に基く保険給付をしたことは知らない。その余の事実は否認する。

被告会社は日本鉱業株式会社からシックナータンクの築造を請負つたが、その後右工事全部を訴外磯貝義正に下請負させ、同人をしてこれを施行させたものである。故に、今泉が該工事に従事した事実があつても、同人は磯貝に使用されたものであるから、右今泉の雇主でない被告会社としてはその行為につきなんら専任を負うべき理由がない。そればかりでなく、もともと原告主張のズリ山南斜面というのは表土軟弱のため常時自然崩壊を繰返しており、前記事故も全くこれに基因して発生したものである。

仮に、右工事が被告会社により施行されて今泉はその被用者としてこれに従事したものであり、かつ、右作業中同人の落下せしめた坑木により前記事故が発生したものであつたとしても、がんらい、被告会社の右工事は前記三信建設工業株式会社の工事後でなければ着工できない関係上、被告会社の右工事開始後の、今泉がズリ山を登り始める頃には、すでに三信建設工業株式会社の工事は終了しており、その工事場だつたズリ山下には作業中の同会社労務者らの姿は一人もなかつたのであつて、木村は、今泉がズリ山に登つた後に、自己の業務とは関係なく、今泉の知らぬ間に右の山下に至つたものである。したがつて、今泉は前記事故の発生につきなんらの過失もない。

以上いずれにしても、被告会社は木村の傷害事故につき責任を負うべきいわれがないのであるから、原告の本訴請求には応じられない。

以上のとおり述べた。

理由

一、前記当事者間に争いのない事実に、被告が明らかに成立を争わない甲第一号証、同第二号証中木村嘉宏作成部分及び公文書であるから真正に成立したことを推認し得る甲第一七号証ないし第一九号証、証人今泉喜四郎(一部)、木村嘉宏、磯貝義正、安保鉄弥の各証言に検証結果をそう合すると、原告主張一ないし四の点を認めるに十分である。今泉の証言中右認定に反する部分は採用しない。

被告は、今泉は訴外磯貝義正に雇われて前記工事に従事したものであり、また、右認定の坑木が落下したのは、ズリ山の表土が自然崩壊を起したことに因る旨主張するけれども、いずれも前認定をくつがえすに足る証拠がなく、採用できない。そうすると、木村は、被告会社に対し、今泉が被告会社の事業の執行につきなした前記不法行為に因る損害を賠償せしめる権利を有する。

二、よつて、木村が右事故に因り蒙つた損害額を検討する。

1  治療費

木村が右負傷治療のため負傷の日の昭和三〇年九月二四日から昭和三一年四月三〇日まで前記のような方法により引続き医師の治療を受けたことはさきに認定したとおりであつて、さらに、公文書部分は成立を推定され私文書部分は被告の明らかに成立を争わない甲第一一号証ないし第一六号証、証人木村の証言によれば、木村の右負傷治療に要した費用は、入院費を含め、合計一一五、七〇八円五〇銭に上つたことが認められる。すると、木村は、右負傷により、治療費として右同額の損害を蒙つたことが明らかである。もつとも前掲各甲号証によれば、右医療費中六、六〇〇円を除くその余の費用は原告国において、木村に対する労働者災害補償保険による保険給付として所轄大館労働基準監督署長から秋田労災病院に支払われ、木村自身は当初からこれを支弁した事実のないことが窺われるけれども、前記のように同人においていつたん傷書を負い、かつその傷害につき費用を要する治療を受けた事実がある以上、その治療の方法が労働者災害補償保険による療養給付または療養費の給付によつたがため、同人自身はなんら費用の支出を要しなかつたとしても、右認定を妨げるものではない。

2  休業による損害

証人木村の証言、被告の明らかに成立を争わない甲第一〇号証(有明良雄作成部分)をそう合すると、木村は前記三信建設工業株式会社小坂出張所に土工として雇われ、日給五〇〇円以上を得ていたものであること、右治療中の昭和三〇年九月二五日から昭和三一年四月三〇日までの間は、負傷のため就労できず、休業を余儀なくされたことが認められる。すると、同人は右休業により、少くとも一日五〇〇円の割合による二一九日間の賃金合計一〇九、五〇〇円の収入を失い、同額の損害を受けたものといわねばならない。

3  労働能力減少による損害

木村の証言、被告の明らかに成立を争わない甲第二号証(有明良雄作成部分)によれば、木村の負傷は、前記の治療を受けた結果、いちおう治つたけれども、右負傷により生じた脊椎の運動傷害は回復の見込なく、このため、同人の肉体労働の能力は今後長期にわたつて大いに滅殺され、その将来の労働収入に対し少なからぬ減収をもたらすであろうことは推認するに難くないところであるけれども、その減収額が幾何であるかを確認するに足る資料はない。原告は右木村の労働能力減少の割合を、労働者災害補償法施行規則別表第一、労働省通牒等により百分の四五と推定これを標準として右減収額を算出するのであるが、原告から木村に交付された労災法第一二条所定の障害補償費の支給金額が右のような方法により算定せられたものであつても、それは単に右補償費支給に関する事務処理上の基準に過ぎないから直ちに採用し難く、他に木村の労働能力減少の程度を確認し、その他将来右労働能力減少により生ずる木村の損害額を認定し得る証拠はない。よつて原告のこの点に関する主張は採用しない。

4  慰藉料

しかし、前記3認定の事実によれば、前記木村の脊椎の運動障害は今後必然的に同人の労働能力の減少を招き、その肉体労働による生計を困難にする一方、右障害に伴う同人の健康低下、日常生活の支障もまた避け難いことが窺われる。そうすると、木村は、以上のような事態の与える現在及び将来の精神的苦痛に対し、前記今泉及び被告会社から、相当額の慰藉料を請求し得るものといわねばならない。そして、その金額は、右認定の事実を参酌すれば、少くとも三〇万円を下らぬものと認めることができる。

してみると、木村は、今泉の前記不法行為に基き、被告会社に対し、物質的損害の賠償として、以上認定額の合計金二二五、二〇八円五〇銭、慰藉料として右金三〇万円を各請求する権利を有することが明らかである。

三、次に、原告国が右認定の木村の損害賠償請求権を取得したか否かの点とその範囲とを考察する。

前記甲第一号証、公文書部分は成立を推定され、私文書部分は被告が明らかに成立を争わない甲第二号証ないし第一〇号証、前記甲第一一号証ないし第一六号証によると訴外三信建設工業株式会社(小坂出張所)は右事故当時労働者災害補償保険加入事業場であつたため、同保険の保険者たる間においては、右事業場の労働者である木村のため、前記事故による保険給付として、右事故の日から昭和三一年六月二〇日までの間に、所轄大館労働基準監督署長を通じ同人の療養補償費一〇九、一〇八円五〇銭を前記秋田労災病院に支払い、また、所轄二戸労働基準監督署長を通じ、療養補償費六、六〇〇円、休業補償費三九、七六九円、障害補償費一三四、八九九円をそれぞれ直接右同人に支払つたことが認められる。

してみると、原告国は、前示合計二九〇、三七六円五〇銭の保険給付をなしたことに因り、労災法第二〇条第一項の規定に基いて、右給付の最終日である昭和三一年六月二〇日、右給付価額の限度において、訴外木村が被告会社に対して有する前記権利の一部を取得するに至つたことが明らかであるが、その取得の範囲は、右権利のうち、前記物質的損害の賠償請求権二二五、二〇八円五〇銭に限られ、前認定の木村の慰藉料請求権はこれに含まれぬものというべきである。けだし、慰藉料請求権は、物質的損害の賠償請求権と異なり、人格権または人格的利益の侵害に対する救済を目的とするものとして特殊の性質を有するから、一個の不法行為に基因して物質的損害と精神的損害の双方を生じた場合でも、両者は単に損害の生じる経過のみを異にする一個の賠償請求権の目的となるものと解すべきではなく、性質上それぞれの損害に対応する互いに別個の賠償請求権を発生せしめるものと観念すべきところ、前記原告給付の各労働者災害保険補償費は、障害補償費をも含めて、すべて物質的損害の補償たる性質を有するものと解されることに鑑みると、前認定の慰藉料請求権の目的たる木村の精神的損害は、いまだ右保険給付によつては填補されてはいないといわねばならないからである。

そうすると、原告は、前記木村に対する最終保険給付の日である昭和三一年六月二〇日、同人が被告会社に対して有していた前認定の二二五、二〇八円五〇銭の損害賠償請求権を取得し、その余の慰藉料請求権はこれを取得しなかつたものというべきである。

しからば、原告の本訴請求は右二二五、二〇八円五〇銭及びこれに対する前記原告の右権利全額取得の日である昭和三一年六月二〇日から完済まで年五分の割合による金員の支払を求める限度で正当として認容され、その余は失当として棄却さるべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九二条但書により主文のとおり判決する。

(裁判官 須藤貢)

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